私が監督を務めた「ライフ・イズ・クライミング!」がいよいよ5月12日(金)から公開されます。
公式HP https://synca.jp/lifeisclimbing/
企画を立ち上げたのが2019年。その後、コロナでアメリカに行けなかったりといろいろあった本作ですが、いよいよ劇場からお届けできるのかと思うと感無量です、、!せっかくなので製作中に起きたことを書いていきたいと思います。第一回目のテーマは「バリアフリー上映」について。「ライフ・イズ・クライミング!」は視覚障害を持つクライマーのコバさんと、そのサイトガイドを務めてきたナオヤの物語。「バリアフリー」は作品のテーマとも深く関係していることなんです。
バリアフリー上映とは?
「ライフ・イズ・クライミング!」では全国劇場公開に先立って行われる5/10(水)にバリアフリー・プレミア上映会がYEBISU GARDEN CINEMAで行われます。バリアフリー上映て何だろう?と考えみると、車椅子の方がストレスなく劇場まで来ることができて、劇場内に車椅子用のスペースもちゃんとある。これも広い意味でバリアフリー上映ですね。ただ今回は映画館のスクリーンに映る映像や、スピーカーから流れる音声を享受しできない人、もしくはしづらい人向けに行われていることを紹介したいと思います。
映画をよく観に行く方は、左のような図を見たことがあるかも知れません。上が「音声ガイド」を利用できますよというアイコン。音声ガイドとは、視覚障害者のためにナレーションや吹き替えのセリフで画面の情報を補足してくれる音声のことです。下が「字幕」を利用しながら鑑賞できますよというアイコンです。視覚障害や聴覚障害を持つ方も映画が楽しめる、そういった設備があるんですね。ちなみに左はどちらも「UDキャスト」というアプリを使って利用するものです。「ライフ・イズ・クライミング!」でも、この「UDキャスト」を利用しています(詳しくはこちらからhttps://udcast.net)
映画を楽しみたい人はいっぱいいる
「視覚障害者でも映画を観たい人がいるの?」という素朴な疑問を持つ人もいるかも知れません。もし自分が視力を失ったら…と想像すると、どうかな、ちょっとわかりません。音楽を聞くとか、視力を必要としない娯楽だけを楽しむようになるかも知れません。ただ現実に、視覚障害者でも映画を観たい人はたくさんいます。私がそのことを知るきっかけとなったのはこちらの作品。
今から20年前、映画美学校に通っていた友人がドキュメンタリーを撮るというので手伝いをしたことがあります。当時は、ボランテイア団体のスタッフが手弁当で音声ガイドを作り、FMラジオを劇場に持ち込んで流す、という時代でした。このCity Lightsという団体を撮影してまずビックリしたのが、映画を観たい視覚障害者の多さです。生まれつき目の見えない先天盲の方、病気や事故で視力を失った方、いろんな人に会いましたが、みんな「映画が観たい」と思い、City Lightsが企画する上映会に足を運んでいました。今でもよく覚えているのが最初に撮影に行った日のこと。「アマデウス」を新宿の劇場で見た後、ビアホール「ライオン」で昼食をとりながら、目の見える人も見えない人も映画についてあーだこーだとおしゃべりに興じているのにとてもビックリしたものだった。
時間も手間もかかるバリアフリー制作
「ライフ・イズ・クライミング!」は様々な協賛企業からの支援によって製作費を賄ってきました。ただいわいる「大作」ではないためバリアフリー制作の費用は「文化庁」の助成金をもらっています。フィルムメーカーの皆さんには是非とも利用していただきたい制度です。というのもバリアフリー制作って手間暇のかかる大変な作業だと、今回関わってみてよくわかりました。ただ、大変な一方でとても勉強にもなりましたね。まず私が参加したのは聴覚障害者の方にも参加してもらい、みんなで映画を観る「モニター会」です。聴覚障害者向けの字幕には、セリフはもちろん全部で表示され、そのほかの環境音も字幕で表示されます。音楽が始まると画面上に「♪」が表示され、「今、音楽が鳴っているんだ」ということがわかるようになっています。
「この音にはどんな演出意図が?」
字幕はさすがプロの方が作っているので、かなり完成度が高いものでした。ただ「ライフ・イズ・クライミング!」はドキュメンタリー映画なので、どうしても意図していない音も入っていたりします。例えば駅の改札でチャイムのような音がなっているのを聞いたことがありますよね?音で聞くだけなら、「ああ、駅でよく鳴っているあれね」で済むのですが、あのチャイム音の正式な名前は「盲導鈴」。ちゃんと「盲導鈴」というのがいいのよね?いやいや、駅の改札は画面に映っているから「チャイム音」でよくない?みたいな議論をしていくわけです。「ちゃんと伝える」「省力することで映画の流れを切らない」この2つのせめぎ合いです。あと、映画で大きな岩場をロングショットで映したシーンがあるのですが、そこにクライマーが英語で喋っている音声が入っています。人の声が入っているとその反響で広さが伝わるかなと思ったのですが、英語の翻訳をちゃんと出して意味を伝えるのか、「人の声がこだまする」だけ伝えればいいのか、どっちですか!!みたいな議論に監督としては演出意図を言わなくてはいけないわけです。「正直、、どっちでもいいです」を極力言わないように頑張りました。大作映画だと、監督がこのモニター会に参加しないことも多いようですが、私は参加させてもらってよかったかなと思っています。
見えないものを見ようとする
視覚障害者向けには音声による説明「音声ガイド」を流しながらのモニター会があり、こちらにも参加させていただきました。こちらももちろん、大変。登場人物のしゃべりとしゃべりの間に画面の説明をしなくてはいけないのですから。今回、音声ガイドの作成を担当してくれた松田高加子さんは、上記の「City Lights」のときに会ったことがあり、20年ぶりにご一緒することになったのだけど、音声ガイド作成は本当に高度な仕事です。ただモニター会に参加させてもらって感じたのは、制作サイドがいかに「作品への没入感」を邪魔しない音声ガイドにするか、そのことに細心の注意を払っているか、ということでした。モニター会に参加したのは、主人公の小林幸一郎ことコバさん、クライマーの濵ノ上 文哉さん、石井健介さんの3人。1人は一緒に現場にも行ってる主人公、1人はクライマー、そして石井さんが最も客観的というかクライミング知識のない視聴者、という組み合わせ。それぞれバックグラウンドが違うから、音声ガイドから想像するシーンが違っているのは面白いと思ったが、皆さんの頭の中にちゃんと像が結ばれていることへの驚きの方が大きかった。見えないものを見ようとする冒険、その冒険の末に世界の手触りを感じたり、世界の奥行きを感じる。こういうのを映画体験って言うのではないでしょうか?
「詩とはジャンルではない」
音声ガイドは説明ナレーションだけではなく、登場人物が英語で喋っているシーンの吹き替えも必要になります。そこはプロの声優さんたちが演じるわけですが、今回はせっかくなのでコバさん、ナオヤさんが英語で喋っているところは本人たちに吹き替えてもらいました。写真は収録中のコバさん。そんなこんなで大変だったけど、非常に得るものが多いバリアフリー制作でした。
さて、他のところでも引用した文章を最後に。「詩について言うならば、私はそれをジャンルとは考えていない。詩、それは世界感覚である」(アンドレイ・タルコフスキー「映像のポエジア」)。
バリアフリー制作によって「ライフ・イズ・クライミング!」がより多くの人に届くといいと思います。そこに詩を感じてくれたら、作り手としてはこの上ない喜びです。